新宮観光協会

世界遺産のまち
熊野の都 新宮

熊野の都新宮 海 鈴木文代
熊野の都新宮 山 熊野川の雲海
熊野の都新宮 川 山際實「幽玄熊野川」

神話の時代と現代が交錯する不思議のまち

紀伊半島の南端に位置する新宮市は、温暖で高温多雨な気候風土により、豊かな水資源と樹林育成に恵まれた素晴らしい自然環境のなかにあり、吉野熊野国立公園に指定されています。四方を深い森と熊野川、そして青く広がる熊野灘など豊かな自然に囲まれ、古くからの自然崇拝に根ざす『熊野信仰』が受け継がれています。こうした信仰心の現れである熊野速玉大社、熊野本宮大社、熊野那智大社などの聖地と、人々が巡礼の旅をした古道は、2004年に『紀伊山地の霊場と参詣道』として世界遺産に登録されました。新宮市内には熊野速玉大社をはじめ神倉神社、阿須賀神社などの世界遺産が日常の風景に溶け込むように、まちのなかに点在しています。神代と現代、神域と俗界がまるでモザイクのように織り重なる“不思議のまち新宮市”を体験してください。

熊野の中核都市・新宮市の歴史

日本書紀にすでに「熊野神邑」という地名で登場していた新宮市。神武天皇の東征とほぼ同じころ、今から約2200年前には秦王朝の始皇帝の命により、不老不死の霊薬を求めて徐福が新宮に渡来した伝承もあります。中世のころには熊野三山の社務を統括する熊野別当がこの地に居所を構え、また平安時代から鎌倉時代にかけては上皇や貴族の間で熊野詣が盛んに行われこともあり、新宮は熊野速玉大社の門前町として大いに栄えました。

熊野神邑 新宮市の歴史

江戸時代に入ると紀州藩家老、水野重仲が新宮城に入城。江戸時代初期から古式捕鯨が盛んに行われてきました。こうした捕鯨文化を伝える一連のストーリー『鯨とともに生きる』は、2016年の4月に文化庁が認定する日本遺産に登録されました。明治以降の新宮市は、杉・桧など熊野材の集産地として繁栄し、最盛期には江戸入荷材の2割を占めていたそうです。熊野地方の中心都市として発展するとともに文化が花開き、佐藤春夫、西村伊作など近代の作家・文化人を輩出しました。

新宮市の歴史 川原町

新宮の文化人

佐藤春夫

佐藤春夫

和歌山県東牟婁郡新宮町(現・新宮市)で9代続く医業の家に生まれる。『秋刀魚の歌』などの抒情詩を残す。市内には旧宅を移築した「佐藤春夫記念館」がある。

西村伊作

西村伊作

文化学院の創設者。豪商の家に生まれ、父・余平は新宮教会設立の中心人物。大正3年(1914)に竣工した自宅(現・西村記念館)は与謝野晶子などが集うサロンに。

東くめ

東くめ

童謡作詞家。明治29年(1896)に東京音楽学校を卒業。東京府立高等女学校の音楽教師となった後、後輩の瀧廉太郎とともに『鳩ぽっぽ』などの作品を残す。

中上健次

中上健次

新宮市の「路地」を舞台に独自の世界を築きあげた作品「岬」で昭和51年(1976)第74回芥川賞を受賞。平成2年(1990)自主講座「熊野大学」を開講した。